
ここまで読んでくれたあなたへ
ここまで読んでくれたあなたへ。
その姿勢だけで、もう「回復の流れ」は動きはじめています。
焦らなくて大丈夫です。
あなたはいま、ひと呼吸おく時期にいます。
ここに書かれていることは、私自身が「回復の途中」で気づきであり、発作が起きなくなって2年以上私が改めていまでも大切だったんだなと感じることたちでもあります。
それらがあなたにどんな形で、どれほど役に立つのかは分かりません。
でも、どれも「私が少しずつ自分に戻っていったとき」にそばにあった気づきです。
あなたにとってのヒントがひとつでも見つかれば、それで十分です。
私自身のことを少しだけ
私はパニック障害・不安障害を経験し、家から一歩も出られなくなりました。
あなたの状態がどれほどなのか分からなくても、
「この絶望は、自分だけではない」
そう感じてもらえるなら少し救われるかもしれません。
パニックや不安の恐怖は、経験した人にしか分からない。
あの分離感、あの突然の崩れ方、あの「元の自分に戻れない」感じ。
だからこそ、私は自分を取り戻したかった。
ただ、その過程で気づいたのは、回復とは「頑張ること」ではなく、「自分が心地よくいられる時間を、少しずつ増やしていくこと」だったということです。
行動しなきゃいけないではない
「自分を休ませてもいい」という選択を取る。
私はたくさん試しました。
家の中で、外に出られないまま、できることを拾っていきました。
でも、今だから分かる。
あれは「行動の積み重ね」ではなく、「自分を取り戻すための余白づくり」だったかもしれないと。
あなたも、今「何かできない自分」に目が向いているかもしれません。
でも、それは普通のことです。
できない日はあっていい。
休むことが心地いいなら、それでいい。
そして、少し動きたくなった日に一歩動けばいい。
玄関まで行けた日があれば、それはもう充分。
玄関に行く気さえ湧かなかった日があっても、それも大事。
すべては「あなたのリズム」でいいんです。
「自分に合ったやり方」を選べば、それが正解になる
回復の道は、誰かと比べる必要はありません。
あなたがあなたのために選んだ小さな一歩が、もうそれだけで十分に価値がある。
私は薬に頼らず回復したけれど、それが「正しい」という意味ではありません。
あなたの心が安心するなら、病院に行くことだって重要な選択です。
どちらにしても「あなたに合っているかどうか」が全てです。
大切なのは、「あなたが心地よいと感じるほうに、そっと舵を切る」こと。
それだけで、自律神経は少しずつ整いはじめますし、
人生がよりあなたらしくなっていきます。
あなたには、できることがまだたくさんあります
パニック障害や不安障害の渦中にいると「できない自分」ばかりが目に入るようになります。
でも実際には、「いまのあなたにできる優しさ」がたくさんある。
たとえば……
- 今日は何もしない、と静かに決める
- 五分だけ外に出てみる
- 出られなければ、窓を開けて風にあたる
- それすら無理なら、深く呼吸をしてみる
どれでもいい。
どれを選んでもいい。
大事なのは、白黒をつけないこと。
良い悪いで判断しないこと。
正解不正解はない事。
「今日の自分」をそのまま受け入れてあげること。
あなたを責める必要は、どこにもない
1歳の赤ちゃんが一生懸命、五段の階段を登ろうとしていたら、あなたはきっと急かさないでしょう。
「ゆっくりでいいよ」
「一段上がるだけですごいね」
「今日は休んでもいいよ」
そう声をかけるはずです。
その赤ちゃんを、いまの「あなた」だと思ってください。
1歳児と言いたいわけではなく…
大人かどうかは関係ありません。
年齢も経験も関係ありません。
あなたが一歩踏み出したら褒めてあげていいし、踏み出せなかった日も抱きしめていい。
あなたは、あなたを急かす必要がない。
あなたは、あなたを否定する必要がない。
最後に
いまのあなたは、壊れてなんかいません。
ただ少し、ズレてしまっただけ。
そのズレは、少しずつ戻っていきます。
あなたのペースで、あなたの息で、あなたのリズムで。
焦らなくていい。
急がなくていい。
あなたが「今日を生きた」その事実が、もうすでに一歩になっています。
そして、あなたは必ず前に進めます。
どうか、自分を激甘に扱ってください。
それが、いちばん確かな回復の形です。
私はこれが出来る様になって少し楽になりました。
当時の私は確実に自分を苦しめてましたね。
あなたがあなたを苦しめてると言う様な言い草になってしまいましたが、そうではなく、なんていうか激甘でいきましょ。


